蓬莱泉専門販売の米徳酒店 関谷醸造 空 吟 美 和

  
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関谷醸造吟醸工房 杜氏・荒川貴信さんに迫る

(聞き手) 米徳酒店店主 鈴木一徳


関谷醸造吟醸工房 杜氏 荒川貴信氏 画像(写真)

「専門学校を出て20歳で酒造りの道に  

― 関谷醸造のウェブサイトで、荒川さんが書いておられるブログを読んだのですが、20歳で酒造りの道に入られたのですね。

 ええ、今はなくなりましたが、名古屋にあった国際工学院専門学校のバイオテクノロジー学科を出て瀬戸の柴田酒造に就職したんです。柴田酒造は「明眸」で知られた純米酒を中心に当時大いに売れていた酒蔵でした。

 本当は臨床検査技師になりたかった。けれどもバブルがはじけて、そっちの方面の口がなくて、酒造関係は引く手あまたでしたので、それで・・・。どれだけ残っているか分かりませんが、当時の同窓生もかなりの人数が酒蔵の方に行きました。


― 「明眸」の商標を、関谷醸造が買い取り、それをきっかけに荒川さんも関谷醸造に移られたのですね。関谷醸造 明眸 画像

 そうです。明眸には7年いました。冬場の出稼ぎに来てくれる「新潟杜氏」と言う言葉が死語になりつつある時代でした。新潟の地元の酒蔵でも杜氏の人材が払底して来た。愛知の酒屋も自前の杜氏を持たないとどうにもならない時代になっていたのです。


― 荒川さんはそのパイオニアと言って良いでしょうね。関谷社長に「明眸をどうして買い取ったのですか」と聞いたら、「杜氏がほしかったんだ」という答えが返ってきまして、荒川さんを手に入れるために「明眸」を買ったということになりますね。「明眸時代」と関谷醸造で大きく違うのは?

 うーん、社長がそういうことを言われたのは、光栄と言うか、「これは大変なとこだ」と思ったりしますが・・・。


関谷醸造はしっかりした会社組織

違いは、そうですね。まず関谷醸造はしっかりした会社組織が確立してまして、関谷醸造に来てこれでサラリーマンになったという気がしましたね。酒造りの姿勢も大きく異なります。職人的な「なあなあ」の気分がまったくなく、合理主義を徹底して機械に任せた方が有利だと判断すれば機械化し、それで生まれた人力を人の手でないと出来ないところに回すというやり方です。



ほうらいせん吟醸工房 看板 画像



― ブログにも出てきましたが、荒川さんはお酒を飲まれますね。どんなお酒が好きですか。

 お酒は好きですが、でも毎日は飲まない。飲むのはビールか日本酒。日本酒は自分で作ったものです。ここ(吟醸工房)で出来た、1,500円から1,600円(720ミリリットル)のものを時々買って帰って楽しんでいます。


― 日本酒の良さはどんなところにあると思われますか?

団子 画像 食べながら飲む酒ということでしょうか。大抵の料理に合う。ウイスキー、ブランデーの類いはせいぜいチーズにチョコレート。食後酒ですから何にもないのが普通かもしれません。料理なしで飲むものですよね。

ワインは料理を選びます。料理によって魚なら白ワイン、肉なら赤とか言いますね。そこへゆくと日本酒は、和食はもちろんフランス料理、イタリア料理にも合う。味わいの深い、いわゆるコクのある日本酒なら中国料理にも十分耐えられる。


でんぷんの糖化と発酵を同時に

― 日本酒の特徴と言うのは? まずコメからつくるという点ですね。

 コメと水、あとは自然界にある、カビの仲間たちの力。麹(こうじ)、酵母の力を借りてつくる。でんぷんは、そのままではアルコール発酵しません。酵母はでんぷんを食べられない、働きません。いったん糖にしないといけない。この「糖化」に麹の力を借ります。

糖化したでんぷんを次に酵母が、アルコール発酵させるのに働いてくれる。「並行複発酵」と言っていますが、糖化とアルコール発酵を同時進行させます。これも日本酒の特徴と言ってよいでしょう。この並行複発酵によって世界の醸造酒の中で、一番高いアルコール濃度が得られるのが、日本酒です。うちでは吟醸酒ですから17、18度で抑えていますが、20度を少し超えるアルコール度数が一度の醸造で達成できます。

麹室と米麹(関谷醸造吟醸工房)

 ブドウ酒は「糖化」の過程が必要ありません。果肉の中のブドウ糖をそのままアルコール発酵させられます。オオムギを発芽させて醸造するビールの麦芽糖も同様です。

 カビ類のほか、菌の力もあります。乳酸菌です。伝統的な「山廃(やまはい)造り」で醸造する場合、仕込み水に乳酸菌が発生します。乳酸菌は乳酸を生成して死んでゆきますが、乳酸は耐酸性のない雑菌を死滅させる働きをしてくれます。ただ、乳酸菌は低温でないと育ちません。そこでいまは、「速醸」といって、工業生産された乳酸を添加するのが主流になっています。これだと、低温を保つ必要がないのです。


― 日本酒は、冷よし燗よしでいろんな飲み方が出来ますね。

ほうらいせん 小瓶 画像

 お店では、「これは燗をしていただくとよろしいかと・・・」とか「10度くらいの冷で召しあがっていただくのに適したお酒でございます」というようにアドバイスしていますが、味わいの深いコクのあるのは燗に、いわゆるさらりとした香りのあるお酒は冷でというのが基本です。それはまた作り手の目指してきた狙いでもあります。

 けれどもこれは目安で、飲み方は飲み手の自由。好みというのは、人それぞれです。香りを重視した「さらりタイプ」を香りが苦手だからというので、吟醸酒を燗される方だっていらっしゃるでしょう。ただ、この場合はシャビシャビの食感なってしまう。中にはそれが良いのだという方もおいでになるかもしれません。

 日本全国にはいろんなお酒があります。捜し求めて好みの酒に出会う喜びに勝るものはないといわれるお客様もおいでになりますね。


★ 箸休め1 ★

    
 清い香気と色の吟味   内田百闥『御馳走帳』(中公文庫)から

 酒の好みについて書かれたものは意外と少ない。百閧フ生家は作り酒屋で、酒豪として知られたが、「いい加減なところまで行くと酒の味が悪くなるので、もう飲む気がしなくなる」と、別のところで書いています。

酒光漫筆

田舎に旅行すると、酒がまづいと云ふ話はよく聞く事であるけれども、私などはそれはその場の事として諦めがつく様に思ふ。ただ、家にゐる限り、酒の味の変はるのは困るのである。時時飛行機で灘の倉から持って来たと云ふ酒を貰ふ事があるが、味利きをする段になれば、うまい事は確かにうまいと思っても、私の飲み料と云ふ事になると、その、うまいと云ふ点が結局口に合はない欠点となるので、勿体ないと思ひながら、つい人にやつたり、煮酒に下ろしたりしてしまふ。(中略)

大阪の酒と東京の酒とはどう違ふかと云ふ事は、酒飲みの話題の一つであるけれども、東京の酒と云ふ事を狭く考へると、品種も極めて少い。結局、東京で飲む大阪の酒と云ふ事に落ちついて、ただ一般に東京好みの甘口とか、特に木の香を珍重するとか、輸送の途中に樽がすいて、それだけ酒が濃くなるのを喜ぶとか、要するに酒飲みの好みとは縁故の薄い特色で、大阪の好みと区別するに過ぎない様に思はれる。東京で一番大切らしく云ふ「こくがある」と云ふ事は、酒飲みには迷惑な事であって、特にこくがあると云はれる様な酒は常用に適しない。反対にこくがなくてさらりとした味に、清い香気と色の吟味が酒飲みには一番大切なのであらうと思はれる



 吟醸酒の決め手は米とカビの仲間たち

― 好みはいろいろということで、吟醸工房では酒のオーダーメードに力を入れておられますね。オーダーメードについては関谷社長からこの前詳しく伺いましたが、「コクがなくてさらりとした味に清い香気と色の吟味」をといった内田百閧フような注文もあるんですよね。吟醸工房で作っているのは吟醸酒だけですが、フルーティとか香り豊かとか吟醸酒ならではの魅力はどうやって醸(かも)し出されるのですか?

ほうらいせん もろみ オーダーメイド オーダーメードのご注文はいろいろです。事前に細かくお話をして、多様なご注文に応じています。日本酒文化の開発、発信にも寄与していると思います。

 吟醸酒のフルーティな香り、味わいというのは、醸造のすべての過程で、トータルに生み出されるものです。麹による糖化、酵母によるアルコール発酵、そしてその並行複発酵、酒母(もと)造り、仕込み、それらの全ての段階で調整してまいります。そうでないと、多様な好みに応じるお酒は出来ません。

 決め手は、やはり米、麹、酵母です。米については、吟醸酒の場合は精米歩合を極めて高くしていますが、これは玄米の表面や胚芽にはたんぱく質や脂肪、その他の無機質が含まれていますからそれを取り除くのです。精米歩合60%というのは、玄米から40%削り取ったということです。櫂入れ

麹は米を糖化し、酵母は糖化した米をアルコールと炭酸ガスにして死んでしまいますが、代わってさまざまな酵素が生み出されます。酵素の種類はたくさんあって、詳しく取り上げますと専門的になって大変ですが、たんぱく質を分解する酵素も生まれます。発酵の過程では各種のビタミンも出てきます。このビタミンは酵素の栄養になります。

こういう複雑さによって、日本酒、あるいは吟醸酒の可能性は無限であるといってよいのではないかと思います。温度を上げたり下げたり、あるいは酵母の発酵のための環境を極端に悪くし、酵母にとっては飢餓状態にして香り成分が出てくるようにしたりもします。


★ 箸休め2 ★

    
 「名取り酒」に精進する   『明治屋酒類辞典』から

灘の酒がもてはやされ「一人勝ち」だったのは、いまは昔ですが、「名取り酒」という表現が吟醸酒に通じるところがあり、紹介します。

灘酒(なだしゅ)

もと「なだめしゅ」(灘目酒)といったのを略して「なだしゅ」(灘酒)という。「なだめ」は「なだべ」(灘辺)のなまりで、摂津・和泉にわたる12郷の総称で、明和の頃(1764〜71)おこった名である。「灘」の地名が初めて文献に現れたのは正徳6年(1716)である。室町時代(1392〜1573)には「兵庫・西宮のうまざけ」などの名があった。従来、近衛家の所領伊丹郷の酒が中央で最も有名であった。伊丹の雑魚屋(ざこや)門左衛門が寛永のころ(1704〜10)西宮に移住して酒造業を始めてから灘酒が盛んとなった。文化文政ころ(1804〜29)伊丹や池田の酒が江戸で声値を落としてから。「灘酒」がこれに代った。

(中略)

醸造技術が進歩して全国の清酒の風味が均一化したこんにちでもやはり「灘酒」が独自の声値を維持しているのは、各蔵元が世間の景気不景気に左右されないで、終始一貫、「名取り酒」(名声維持を本位とする良心的つくり方の酒)に精進していること、生産高を全国比10%内外におさえて希少価値を維持していることなど、そのポリシーの優秀さにあるといわれる。



 お酒のふるさとは揚子江流域

― 吟醸酒作りは、水分管理と温度管理といわれますね。

 その通りです。しかも水分も温度も仕込んだ全部が均一になるようにしないといけません。ばらつきが出てはうまくないのです。だから全部の工程で時間がかかります。例えば精米、精米にも時間をかけますが、どうしても摩擦で温度が上がる。水分を奪われて米粒がもろくもなっている。

 そこですぐには洗えない。精米をした後、2週間から20日間、タンク室で寝かせます。これを専門用語では「枯らし」と言っています。

  昔の酒造りの道具 画像



― 
日本酒のふるさとと言いますと、やはりコメのふるさと同じということになりますか?
稲穂 画像
 そうでしょうね。コメがあって、カビがないといけません。コメの起源は中国・雲南省から揚子江の中流地帯というのが一般的になっていますから、やはり日本酒の起源もこの地帯でしょうね。このあたりは多湿でカビの種類も多い。紹興酒に代表される老酒が今も盛んに作られていますが、老酒と日本酒では麹が違います。

 日本酒は本州を中心に分布が広がっている日本固有の「黄麹」ですが、中国の老酒は「黒麹」です。製法も違って、老酒は醸造した後、蒸留しています。日本酒のように高いアルコール度が得られる醸造が出来ないからです。醸造したまま蒸留していないのは、朝鮮半島のマッコリがそうですが、アルコールの度数は6〜8度と低い。


★ 箸休め3 ★

   
 麹を使うのは東アジア  上山春平編『照葉樹林文化』(中公新書)から

 すしの起源の「なれずし」も照葉樹林文化地帯の産物。味噌、しょうゆはもちろん、お茶を発酵させたものもあり、発酵食品の宝庫。日本の食文化の基底がここにあるともいえるでしょう。

― 

上山  飲みものの話が出たついでにお酒の話をとりあげましょう。以前に中尾(佐助)さんから伺った所では、お酒の作り方に何か照葉樹林帯の特色があるということでしたが。

中尾  ぼくは酒にかなり特色が出てると思う。酒を穀類からつくるつくり方に大体大筋二つある。一つは、発芽させて、その中でできるジアスターゼを使ってデンプンを糖化する方法。もう一つはカビすなわちコウジを使ってデンプンを糖化して酒にする方法。大筋に二つあるわけだ。

あとのコウジを使う方法は東アジア以外の場所にはない。とにかくヨーロッパの文化圏にはない、ロシアに一つあるという話を聞くけれども。向こうのはビールを代表とするような麦芽を使う方法と、ブドウ酒のような方法で果物の糖分を発酵させる。コウジを使うのはヒマラヤ地域から照葉樹林帯にずっとあってそれ以上北シナ、日本、インドネシアまで広がっている。インドの平野部にその酒がないんです。

(中略)

蒸留する酒はそれよりだいぶあとになってからでしょう。蒸留する酒は名前の一致が広い範囲にわたってアルコールに近い名前がついている。アルキだとかそういうのがあって、だから蒸留法の伝統はかなり新しいところでしょう。アラビアが活動した時代ぐらいじゃないかな。



 日本酒でも「古酒」は出来る


― 
老酒は女の子が生まれると、作ってかめに入れて密閉して土地の中に埋めておいて、その子が嫁ついで行くときにあけて振舞い酒にするといいますね。日本酒ではこのような古酒はそれほど一般的ではないですね。

酒樽 画像 古酒は沖縄の泡盛の「クースー」が有名ですね。日本酒でも古酒は出来ます。「明眸」にいたころ、縁の下から10年前の一升びんが見つかったことがありました。飲めるだろうかといわれ、見てみると色は茶色に変色しているが、透明性は高い。それで大丈夫と言うんで飲んだ。これが美味かったですね。火を入れて雑菌を殺し密封しておけば、日本酒でも古酒は出来ます。


― 関谷社長は、吟醸工房では酒作りの技術の伝承、日本酒文化の発信をするといっておられましたが、技術の伝承というのは?

 私が昔ながらの杜氏さんに仕込まれた人間で、そのやり方が伝えられるということで何人かの若い人たちとチームワークを組んでいます。若いといってもいろいろですが、今は4人のチーム。本社から1〜2年の期限を切って、来てもらって仕事をしながら勉強してもらっています。

酒母(もと)

 もちろん昔ながらのやり方を伝えているというのではありません。前にも言いましたように、機械化できるところは機械化してというのが関谷の方針ですから、新技術を取り入れ、開発しつつということです。


― 「昔ながらの杜氏さん」といいますと・・・。

-7度の冷凍庫 杜氏というのは、現場監督、一人です。あとの酒造り職人は蔵人(くらびと)です。杜氏の下に頭(かしら)がいて、杜氏の意見を蔵人の伝達する。杜氏は、蔵人とは直接話しません。蔵人は職能によって麹屋、酒母(もと)屋、釜屋、精米長、船頭などに分かれていました。

 船頭は酒を絞る桶が船の形をしていまして、それにちなんでです。道具類の修理をする「鍛冶屋」と呼ばれた人、一同の食事の世話をする「まかない」がついて来ることもありました。

 そこには序列がありまして、10年、15年と経験を重ね、腕を磨いて頭から杜氏になるという仕組みです。冬場、出稼ぎに来るほかの普段は農業をしている人が大半でしたが、大工、左官、瓦職人もいた。漁師をやっているという人もいましたね。


― 新しい日本酒文化の発信ということでは? 吟醸工房内にギャラリーがあって、陶芸とか絵画をやる人たちに開放していますね。

 まあそれは間接的なものですね。春秋のイベントがあります。春は吟醸工房のオープン記念ということで、聞き酒、聞き水のコンテストに今年はフラダンスをやりました。期間限定酒の販売も。関谷醸造吟醸工房ギャラリー 画像

 吟醸工房の下に田んぼを2枚ほど借りていまして、そこの田植えにも参加してもらってます。これは酒米でなくて、「ミネアサヒ」です。少量ですが、ミネアサヒの酒も造り、田植えの参加者に味わってもらっています。

 秋は収穫祭です。今年は何をやろうかみんなでいま、知恵を絞っているところです。それと夏は、「奥三河食彩フェスタしたら」というのが、旧稲武町に隣接する設楽町名倉で開かれまして、これに関谷醸造も挙げて参加しています。


― 関谷醸造は企業活動のひとつとして、「食の提案」というのをあげていますね。これは?

 米づくりに取り組んでいます。地酒というからには、地元の米で酒を造るのが本道。このあたりも老齢化が進み、耕作放棄地が目立ってきています。関谷醸造ではこの放棄地を借りて、田んぼを専門でやる従業員を二人置いて、この二人が地元の人たちに教えてもらって、地元の愛知県農業総合試験場山間農業研究所で開発された酒米「夢山水」を中心に作っています。田植え、田の草取り、草刈り、収穫は従業員の全員参加です。


― 「食の提案」では、米づくりだけでなく、酒が美味く飲める「つまみ」というか「あて」の提案もやってもらいたいですね。この地方の伝統食、保存食にも良いものがあるように思いますが。ところで荒川さん、ご趣味は?

オートバイが好きでしてね。それに、そばが好き。おいしいそばを求めてあちこちバイクを走らせます。


― オートバイにそば、ロマンチックですね。今日はこの辺で。ありがとうございました。


関谷醸造吟醸工房 入り口 画像

        
                           2007年7月下旬にインタビュー

                                        (構成: 五風庵企画




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